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東京高等裁判所 平成元年(く)117号 決定 1989年7月19日

少年 N・K(昭49.3.8生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、附添人弁護士○○作成名義の抗告申立書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、劣悪な生育環境が影響していると思われる少年の性格上の負因や単純には深化しているとはいえない少年の非行性及び本件非行を契機として少年の監護育成に思いを致すようになつた両親等の少年を取り巻く環境の変化等からすると、原裁判所は、少年に対し、再度、更生の機会を与えるため試験観察(補導委託)に付した上、少年に対する最終処分を決するか、百歩譲つて、施設処遇の選択がやむを得ない措置であるとしても、その期間は短期間で十分に効果があると思われるから、短期処遇の勧告をすべきであつたのに、少年を初等少年院に送致した原決定の処分は、著しく重きに失し不当であり、原決定を取り消されたい、というのである。

しかし、関係記録を調査、検討すると、原決定が「審判に付すべき事由」の項において少年の原判示各非行事実を認定した上、「処遇等」の項において説示する理由により、少年を初等少年院に送致した処分は、当裁判所においても相当として是認することができるのであつて、原決定の処分が所論のように著しく不当であるとは認められない。すなわち、同記録によると、本件は、少年が、昭和63年10月ころ、見ず知らずの女子高校生から現金を無心しようとした際、女友達と共謀の上、その女子高校生が置いて行つた自転車一台を窃取したほか、通行中の女性の背後から自転車に乗つて走り寄り、その女性の持つていた現金等在中のハンドバツク1個をひつたくつて窃取し(原判示第1の事実)、平成元年1月10日前記各窃盗の非行前に犯したぐ犯等保護事件により保護観察決定を受け、保護司らの指導の下に同年3月中学校を卒業し、学校のあつ旋で美容師見習いとして千葉県松戸市内の美容室で働くようになつたが、1箇月足らずでその美容室を辞め、以後定職に就くことなく、ほとんど連日にわたつてシンナーの吸引、夜遊び、外泊を重ねるようになり、その性格、環境に照らして将来窃盗等の罪を犯すおそれがあつた(同第3の事実)ほか、その間の同年4月22日ころ、現金の提供方を要求されていた女子高校生が指定された日時に現金を持参しなかつたことに立腹して、女友達と共謀の上、その女子高校生を平手で殴打するなどの暴行を加えた(同第2の事実)という事案である。

少年は、知的能力が劣る上に、健全な社会意識や情緒面での発達が未熟で、自己の生活態度についての内省の構えや社会適応力に乏しかつたところ、中学2年生のころから友人に誘われてテレフオンクラブに加入し、不純異性交遊をしたり、シンナー吸引をして夜遊び、外泊をするなどの非行傾向が顕著となり、しばしば警察や児童相談所等の関係機関の指導を受けるようになつたが容易にその効果も挙がらず、中学3年生になつてからは学校を怠学仕勝ちとなつて万引きや恐喝の非行を繰り返したり、親の制止をきかずにシンナー吸引にたんできし、その結果、幻覚におびえるほどの中毒症状を呈するようになつたものであつて、少年の非行性は次第に深化するに至つている。他方、少年の両親は、少年の養育に関心をもつているが、少年が小学校在学当時に離婚して別居し、その後間もなく再び同居するに至るなど家庭環境は不安定であるばかりでなく、両親ともに犯罪的傾向のある生活態度さえうかがわれるのであつて、両親のかかる状況を察知している少年は、両親の注意や助言に素直に従おうとする気持よりもむしろ両親に対して不満や反発の心情すら抱いており、少年の非行や不良交遊への逸脱傾向は、少年のかかる劣悪な生育環境が多分に影響しているものと認められる。

これら少年の非行内容や非行歴、生活環境及び保護者の保護能力、殊に、少年は、保護観察決定を受けながら、定職に就くことなくシンナー吸引にたんできし、荒廃した生活を続け、両親の監護も既にその限界を超えている状況にあることなどをも勘案すると、少年の要保護性は大きく、自力による改善、更生は期待し難く、他に適切な社会資源もないことなどをも併せ考えると、少年が本件各非行を反省して更生を誓い、まじめに生活しようと努力し、両親においても少年の更生のために奔走していることなどの、所論指摘の少年の利益に考慮すべき諸事情を十分にしん酌しても、もはや在宅保護による少年の矯正は期待できず、この際少年を相当期間施設に収容した上、専門家による十分な教育訓練を施し、自律的生活態度や法規範意識の高揚に努め、社会生活への適応能力をかん養し、もつて少年の更生と健全な育成を期するのが適切、妥当な措置であり、これと同旨の下に少年を初等少年院に送致した原決定の処分は相当であつて、それが著しく不当であるとはいえない。また、本件事案の内容からすると、本件は、少年審判規則38条による短期処遇を勧告すべき事案とも認められない。したがつて、論旨は理由がない。

よつて、本件抗告は理由がないから、少年法33条1項、少年審判規則50条により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 坂本武志 裁判官 田村承三 泉山禎治)

〔参考1〕 抗告申立書

抗告申立書

少年 N・K

上記少年に対する窃盗、ぐ犯、暴行保護事件につき、下記のとおり抗告を申し立てます。

平成元年6月21日

上記付添人弁護士 ○○

東京高等裁判所 御中

抗告の趣旨

原決定を取り消し、本件を千葉家庭裁判所松戸支部に差し戻す。

抗告の理由

原審の少年に対する初等少年院送致決定は、少年の有する要保護性に比し、著しく重きに失し、その処分は著しく不当であって速やかに取り消されるべきである。以下にその理由を述べます。

一、本少年の要保護性は、(1)少年自身の有する性格上の問題及び(2)少年の保護環境上の問題の二点にあらわれていると思料されるが、上記二点の問題を初等少年院送致決定によってしか解消し得ないとした原決定の判断は誤りである。

二、

(1) 記録から窺われるとおり、少年の性格は多分に軽躁的で、付和雷同的であり、又、自己中心的である。そして、少年のこのような性格上の負因が本件各非行と密接な関係を有していると思料される。

しかしながら、少年に会って見て、意外に素直で純真な心の持主であることに驚かされた。少年は、涙ながらに二度と悪いことはしない、真面目に仕事をすると誓っている。

鑑別所の鑑別結果も指摘するように、少年は「内心には他人から受け入れてもらえないのではないかとの不安、周囲から見放されることを恐れ周りの動きに合わせることで認められようとする」傾向が顕著であり、今回の少年の非行は、これらの性格上の負因が端的に表れたものといえる。少年のこのような性格がどのように形成されてきたものか解明することは、付添人の能力の範囲を越えるものであるか、後述のとおり、少年の劣悪な生育環境が多分に影響していることは多言を要しないであろう。少年は生まれてから今日まで人に信頼され、認められたことがなかった。少年はまだ多感な15歳の女の子であり、人から信頼され、認められれば、変わり得る可能性を有しているのである。

少年の性格及びそれが端的に表れた本件非行と少年の持つ素直で純真な一面とは、一見相矛盾し、関連性がないようにみえるが、これらは結局少年の人格的未成熟さがそれぞれの場面に応じて表れたものと考える。

(2) 少年の非行性の深さは、以上のような少年の能力上の限界を見極めた上で、判断されるべきである。確かに本件非行(暴行及びぐ犯)は、保護観察中になされたものであり、従前の非行も含め、その度ごとに警察や調査官、保護司、両親らから「注意」されながら、再び本件非行を繰り返している少年には弁解の余地はないとも考えられる。

しかしながら、少年の非行性について詳細に検討してみると、原決定がいうように「中学2年の頃から非行が始まり、それが益々深化している」と単純にはいえないように思われる。すなわち、少年は中学1年の時に家庭内暴力等の問題を起こしたが、中学2年生時には、担任の先生の熱心な指導により一旦は立直ったものである。現に学校の行動記録によれば、「中学3年時の前半までは欠席がちではあったが、授業態度は比較的良く、ノートも真面目にとっていた」とされており、それが2学期から非行に走るようになったものである。前件もこの頃ひき起こしたものである。そして、今回の窃盗事件は、いずれもこの頃(昭和63年10月)になされたものであり、これが直ちに送致されていれば、前件と併せて本年1月10日に保護観察に付されたものと思われ、上記事件を直ちに非行の深さに結び付けて判断されるべきではない。また、暴行事件についても、共犯者A子に付和雷同して相手を平手で1回叩いた程度のもので、これも少年の非行の深さと結び付けることはできないというべきである。これこそ少年の性格の表れた非行といえる。問題は、保護観察以後のシンナー吸引、夜遊び、外泊の日常化による生活の全般的乱れであるが、これとても、前記の少年の性格や発達度からすると、前件の保護観察が却って、少年に悪いことをしても何とかなるといった甘えた気持を強くさせたことによるものと思われる。これも少年の人格の未成熟によるものである。

今回の長期の鑑別所収容体験や少年院送致決定は、少年にようやく事の重大性に気付かせ、今までの甘えた気持を霧散させた。いわば幼児が口で何度も注意されてもいうことを聞かなかったところが、両親からぶたれてようやく自らの行為が、やってはいけないことに気付くと同じ程度のものである。

前記のとおり、今回の長期の鑑別所収容体験や少年院送致決定は、少年の心に再非行への歯止めをもたらすのに充分な効果があったのであり、少年のこのような心境の変化に十分配慮せず、保護観察中にもかかわらず再非行に至ったことのみ非難して、少年院送致とすることは、決して問題の解決とはならない。

少年は今回の事を自己の能力の限界ぎりぎりのところで反省しており、今後は美容師の資格をとり、その仕事に就きたいと願っている。

少年のこのような心境の変化を、信頼をもってみてやるためにも、少年をいきなり少年院送致するのではなく、補導委託による今一度の更生の機会を少年に与えるのが相当である。

三 次に原決定は、両親の少年に対する監護能力のなさを決定理由の一つとしている。確かに、保護観察中に再び本件非行を繰り返したことについては、監督態勢の不十分さを厳しく指摘されてもやむを得ないし、両親の監護能力の低いことは認めざるを得ない。まさに両親への不信感、絶望感が少年を今日の姿にしたと言っても過言ではない。

しかしながら、両親においても、本件非行を契機として、今後は何とかしなければと痛感しており、少年の更生の途をさぐるべく奔走している。すなわち、何度も鑑別所へ面会に行き、少年も両親に対し、少しずつではあるが、信頼感を取り戻してきている。少年は初めて親のありがたみを知ったと涙ながらに話をしている。また、父親も今回の事件を契機として、調理士の資格を生かし、現在松戸市内で調理士として働いている。

交友関係についても、両親において厳重に注意し、その監督には母親の実兄であるB、Hが当たることを誓約している。

このように、従前は全くといってよい程両親の監護能力は低かったが、今回の事件を契機として、両親にも少しずつではあるが、少年の監護育成に思いを至す等少年を取り巻く環境の変化も見られるのである。

四、以上のように、付添人も少年の性格矯正、環境調整が必要であり、そのためには、少年に規律ある生活を通して、「基本的生活習慣と健全な生活意欲を養わせる」ことの必要性を痛感するものであるが、だからといって、少年を直ちに少年院送致することは適切な措置とは言えないと考える。

前記のように少年に生じつつある真摯な反省や更生の意欲、両親に生じている自覚等に思い至す時、少年を直ちに施設収容にするのではなく、補導委託等による社会資源を有効に活用し、権威による強い枠組を与えさえすれば、充分社会内処遇は可能であるし、その間に環境調整をすべきである。少年にとって、社会から隔離し、施設に収容するだけでは問題の解決にならないのである。今、直ちに少年を施設に収容することは、前記の少年の性格から、少年院の悪風に容易に感染し、取り返しのつかないことになりはしないかと危惧するものである。それよりは、少年に生じつつある自覚を暖かく見守って、今一度、更生の機会を与え、少年にとって信頼できる相談相手等を見つけてやることが、今後の少年の更生にとって有益であることは明らかである。

少年事件においては、将来にかける関係者の熱意と、その実現可能性を長い眼で暖かく見守る態度が肝要であることを強調したい。以上の点から、速やかに原決定を取り消し、少年に対し、再度更生の機会を与えるため試験観察(補導委託)に付した上、少年の最終処分を決すべきである。

五、百歩譲って、「基本的生活習慣と健全な生活意欲を養わせる」ためには、施設処遇の選択はやむを得ない措置であるとしても、いたずらに長期間少年を施設に収容することは、前記の少年の性格から少年院の悪風に容易に感染し、これ又、取り返しのつかないことになりはしないかと危惧するものである。シンナー吸引の習癖については、6ヶ月間もあればこれを絶つことは充分可能である。従って、少年院送致決定がやむを得ないとしても、その期間は短期処遇で充分効果があると思われる。にもかかわらず、これを看過ごして、短期処遇の勧告をしなかった原決定は、処分の著しい不当があるというべきである(高松高判昭50年8月5日決定家裁月報28巻・2号・129頁参照)。

また、仮に少年院送致決定がそれ自体処分の著しい不当に該らないとしても、貴裁判所におかれては、過去にのみ拘泥されず、本件を契機として少年及び両親らに生じた変化を考慮され、短期処遇の意見を付されることをお願いする次第である(東京高裁昭51年12月1日決定、家裁月報29巻・10号・167頁)。

〔参考2〕 原審(千葉家松戸支 平元(少)315、696、876号 平元.6.7決定)<省略>

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